「サユリ」は、海を望む郊外の一軒家に引っ越してきた神木家を襲う恐怖を描いたホラー作品です。

中学3年生の長男・則雄を主人公に、家族が次々と怪奇現象に巻き込まれて消えていく中で、最後に残された則雄と祖母が家に取り憑く怨霊「サユリ」と壮絶な戦いを繰り広げる物語となっています。

単なる心霊ホラーにとどまらず、家族の絆、生きる意志の強さ、そして復讐の連鎖といった重厚なテーマが織り込まれた作品です。

庭に埋められた少女・九城小百合の怨霊が引き起こす超常現象と、それに立ち向かう人間の強さを対比的に描くことで、生と死、愛と憎しみの境界線を鮮烈に浮き彫りにしています。

痴呆状態から正気を取り戻した祖母の圧倒的な存在感と、則雄の成長物語が絡み合い、読者に深い感動と戦慄を与える傑作ホラーとなっています。

あらすじ

7人家族の神木家が海を望む郊外の一軒家に引っ越してきます。中学3年生の長男・則雄は新しい生活に期待を膨らませますが、間もなく父・昭雄が急死し、家の中で様々な怪奇現象が発生し始めます。

霊感の強い祖父・章造や姉・径子が憔悴し錯乱していく中、則雄の同級生で霊感のある住田は女性の霊の存在を則雄に警告します。

やがて弟・俊が神隠しに遭って消え、章造も急死し、径子も家族の前で忽然と姿を消してしまいます。精神が壊れた母・正子が首吊り自殺を遂げますが、その死体さえも則雄の目の前で煙のように消失してしまいます。

家族を失い絶望の淵に立たされた則雄でしたが、痴呆状態だった祖母が突然正気を取り戻し、則雄を叱咤激励します。

往年の気迫を取り戻した祖母は、家族を奪った”なにか”との戦いを宣言し、則雄に運動と食事によって「生命を濃くする」必要性を説きます。心が弱ると取り殺されるとして、気丈に振る舞うことで怨霊に対抗する方法を教えます。

怨霊は二人の精神の隙を突こうと様々な怪異を見せて怯えさせようとしますが、祖母と則雄は結束してこれを乗り越えていきます。

主な登場人物

神木則雄（かみき のりお）

本作の主人公で、神木家の長男（三兄弟の2番目）。中学3年生で勝気な性格を持つ少年。狭いアパートから広い一軒家への引っ越しを心から喜んでいたが、その後に起こる一連の怪奇現象と家族の異変に直面することになる。家族が次々とおかしくなっていく中でも、持ち前の勝気さと強い精神力で現実と向き合おうとする。祖母から「生命を濃くする」術を学び、怨霊サユリとの戦いを通じて精神的に大きく成長していく。理不尽な運命に翻弄されながらも、最終的に生きる者の責務を理解し、困難な現実を受け入れて前向きに歩んでいく強さを身につける。物語を通じて少年から青年へと成長する姿が印象的に描かれている。

ばあちゃん（神木春枝）

則雄の祖母で、物語の重要なキーパーソン。当初は痴呆が進んで大人しい老女として描かれるが、家族を失った則雄の前で突然正気を取り戻し、往年の気性の激しさと圧倒的な気迫を見せつける。「生命を濃くする」という独特の哲学を持ち、運動と食事、そして強い精神力によって怨霊に対抗する方法を則雄に伝授する。家族を奪ったサユリへの復讐を誓い、あらゆる手段を用いて戦いを挑む姿は凄絶。サユリの家族を誘拐するという極端な手段に出ることで、怨霊の心の奥に残った家族への情に訴えかけ、則雄を救出することに成功し、最終的に再び痴呆状態に戻る。

サユリ（九城小百合）

物語の核となる怨霊で、神木家の庭に埋められていた少女。生前は九城家の娘として生きていたが、何らかの理由で殺害され、その怨念が神木家に取り憑いて様々な怪奇現象を引き起こす。家族を次々と精神的に追い詰めて自殺に追い込むなど、恐ろしい存在として描かれる。しかし最終的に、祖母によって自分の家族を痛めつけられる様子を見せられることで、心の奥底に残っていた家族への愛情が蘇り、苦しみながらも神木家の人々を現世に返すことになる。憎しみと愛情の間で揺れ動く複雑な感情を持つキャラクターとして、単純な悪役ではない深みのある存在として描かれている。

まとめ

「サユリ」は、単なるホラー作品の枠を超えて、家族愛、生きる意志、復讐の連鎖といった普遍的なテーマを深く掘り下げた傑作です。

則雄の成長物語としても秀逸で、理不尽な運命に翻弄されながらも最終的に生きる者の責務を理解し、困難な現実を受け入れて前向きに歩んでいく姿が描かれています。

怨霊サユリも単純な悪役ではなく、憎しみと愛情の間で揺れ動く複雑な感情を持つキャラクターとして描かれており、物語に深みを与えています。恐怖と感動が見事に融合したホラー文学作品です。