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デスク席から(101)「節目に考えたこと」  

6月下旬、久しぶりに取材に出ました。
 目的地は、厚生労働省。
22日に開かれた「らい予防法による被害者の名誉回復及び追悼の日」の式典です。
 この行事は毎年行われてきましたが、今年が予防法廃止から30年、予防法の違憲性を問うた国家賠償請求訴訟の原告勝訴判決から25年の節目にあたることと、今年度もドキュメンタリー番組を制作することから、カメラを抱えて都内に向かいました。
 献花の後、行われた式典では、厚生労働大臣、法務大臣、文部科学大臣、衆参両院議長らの挨拶に続いて、全国ハンセン病療養所入所者協議会の屋猛司会長(邑久光明園自治会長)が登壇。
 屋さんは「偏見・差別は厳然として残っている。国の誤った政策がいかに国の隅々まで浸透したか。この過ちは、国が国民の前に出て啓発に努めるべき。国はもっと力を入れてほしい」と訴えました。
 かつて官民一体となった「無らい県運動」で患者の収容を進めた(=「患者狩り」)責任を問う言葉だと感じました。
    
 その前夜の21日には、ハンセン病回復者や療養所入所者自治会、弁護団、市民らによる集会が開催され、ハンセン病違憲国賠訴訟全国原告団協議会の竪山勲会長が次のように述べました。
 「私たち(元患者)をとりまく偏見・差別は、私たち被害当事者が作ったものではない。私たちが作出したものでない偏見・差別を、私たちが先頭に立って解消のための運動を行うのは実におかしな話だ」
 まったくその通りだと感じます。らい予防法廃止、「人間回復の橋」架橋、「ハンセン病問題基本法」制定、世界遺産登録…それらの運動の中心を担ったのは、まぎれもなく差別された側でした。本来、差別解消に率先して取り組んでいくべきは、差別を放置してきた側なのに。もちろん報道機関も例外ではありません。
 国、地方自治体、医学界、法律関係者、教育界、宗教界、マスコミ…様々な立場の人たちが“自分ごと”として考えていく必要があります。
  
 三重テレビ放送では、ささやかですが、元患者の体験や思いを後世に残したいと考えていて、ハンセン病市民学会 神美知宏・谺雄二記念人権賞受賞を記念し、「長島愛生園三重県出身者証言録 島の記憶 生きた記録(増補版)」を増刷しました。
 希望される自治体、教育委員会、図書館、学校、団体などに無料でお渡しいたします。(1団体1冊/国内のみ)
 団体名・担当者名・郵便番号とご住所・電話番号を記載し、切手215円分を同封して、以下までお申し込み下さい。

 〒514-0063 三重県津市渋見町693-1 
三重テレビ放送 編成局 小川秀幸 宛

 「ゆうメール」でお届けします。
 なお、昨年上期に発刊したものと同じ内容なので、重複の申請はご遠慮ください。
     
 皆さんも、三重県出身者の苦難の体験や差別なき社会への思いに触れてみてください。

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