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神宮と神道
お伊勢さん、大神宮さんと親しく呼ばれる伊勢の神宮は、正式には単に「神宮 」と言います。神宮は、皇室の御祖先の神と仰ぎ、私たち国民の大御親の神と崇め申し上げる天照大御神をお祭りする皇大神宮(内宮)と、衣、食、住、広く産業の守り神として崇敬される豊受大神宮(外宮)の両正宮の総称です。
両正宮には、別宮、摂社、末社など正宮と御神縁深い神々をお祭りするお宮お社が所属しており、神宮はこれら125の宮社の総称でもあるのです。
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| 宇治橋 |
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五十鈴川にかかる宇治橋は20年毎に、架け替えもしくは大改修が行われます。
純粋な和橋で、檜で作られますが、橋脚の部分は欅を使用します。 長さ101.8m、幅8.42mで、欄干の上に16基の擬宝珠を据えていま
す。
宇治橋の外と内に高さ7.44mの大鳥居が立っていますが、内側の鳥居は、 内宮の旧正殿の棟持柱が用いられ、外側の鳥居は外宮のものがあてられます。さらに、ここで20年を経ますと、内の鳥居は関の追分の鳥居となり、外の鳥居は
桑名の七里の渡しの鳥居となり、ともに正殿の棟持柱となって以来、60年間の勤めを果たすのです。 |
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| 皇大神宮(内宮) |
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天照大御神は最も丁重な称え方では、天照坐大御神と申し上げますが、通常、皇大御神や天照大神と申し上げています。
天照大御神は、はじめ大和の国(奈良県)の皇居内でお祭り申し上げていましたが、第10代崇神天皇の御代に、磯城瑞籬宮の近く、笠縫邑にお遷し申し上げたのち、第11代垂仁天皇の即位26年(紀元前4年)には、皇女・倭姫命が各地を御巡幸されたすえ、現在の五十鈴川の川上を御神慮に叶った永久の大宮地として、お鎮まりになられました。
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| 豊受大神宮(外宮) |
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豊受大御神は、第21代雄略天皇即位22年(紀元477年)、天照大御神のお教えにより、御饌都神(お供えものを調えられる神)として、丹波の国からお迎え申し上げ、現在の高倉山のふもと、山田ヶ原にお鎮まりになられました。豊受大神宮は食物に限らず、広く産業の守護の神として崇められています。
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| 神宮式年遷宮 |
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神宮徴古館 |
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20年に1度の大祭、神宮式年遷宮は、正殿をはじめ御垣内のお建物全てを新造し、さらに神々の御装束や神宝を新調して、神儀(ご神体)を神宮へお遷し申し上げる、神宮で最も重要なお祭りです。
神宮の古伝では、天武天皇の「御宿願」によって、第1回の遷宮は持統天皇4 年(690)に行われ、以後、戦国時代に中断する試練にも耐えて、1、300
年にわたって古儀を守り伝えてきました。
檜の香もかぐわしい新宮が、数々のお祭りを経て、白木の美しい姿を見せるまでには10年の歳月を要しますが、今回、第61回の式年遷宮は平成5年10月
、皇大神宮、続いて豊受大神宮において行われました。 |
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| 式年遷宮で撤下された御装束神宝をはじめ、神宮の歴史を物語る資料や工芸品が展示されています。
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| 御装束・神宝の奉納 |
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式年遷宮は、殿舎を新しく造営するとともに、御装束・神宝も古式に則りすべて新しく調進して奉献する。御装束525種、1085点。御神宝189種、4
91点であり、付属品を加えれば、総数約800種、1600点余にのぼる。
御装束とは、大神の御召物ならびに殿内を奉飾する御物をいい、神宝は御調度 、又は威儀の物として殿内に奉納される御物をいう。すべて式年遷宮のつど、古式のままに調進される。
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| ◆写真をクリックしてください。神宝の詳細が表示されます。
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