番組情報
 『親父もラガーマン 〜もうひとつの花園〜
 【放送】2008年12月22日(月)21:00〜21:55 再放送!
 【出演】四日市農芸高校ラグビー部、闘魂倶楽部 ほか
 【制作】[ナレーション] 石黒志伸 
     [撮影] 深田満彦、大友栄二 [音声] 奥田孝一、西村竜次
     [編集] 吉岡秀之、吉田大祐 [CG] 豊田睦子
     [MA] 青木信之(be blue)  [アシスタント]下村正直
     [ディレクター] 脇こず恵    [プロデューサー] 山田享司(MTV) 
     [統括] 築地政彦(MTV)
 【著作】三重テレビ放送(株)
 番組の解説
 
昨今、親子を取り巻く凶悪な事件が日常に溢れている。新聞の見出し、テレビのニュースに、親が子に、子が親に手をかけてしまったという信じがたい言葉が飛び交う事も珍しいことではなくなってしまった。
 
そんな中、高校ラグビーの全国大会・花園の常連校でもある「四日市農芸高校ラグビー部」の3年生部員の父親たちが親父ラグビーチームを結成し、息子たちの卒業式の日に親子決戦を企てた。
これは単なる親父たちの道楽でもなく、卒業式の記念セレモニーでもなく、成長した息子を肌で感じたい、又、親父のあるべき姿を息子たちに見せつけたいという「親心」「親父のプライド」の2つの意味合いが込められたものであった。
 
近頃めっきり体を動かすことが減ってしまった典型的な「親父(オヤジ)」たちが、「親父の威厳を示すため」「息子の成長を体で感じるため」、全く経験のないラグビーというスポーツに挑戦し、息子と同じものを追いかけることで、その距離を縮めていこうとする。そしてそんな親父からのメッセージが込められたパスを少しずつ受け止めていく息子と、その関係を影からそっと見守る母親の存在。ラグビーボールというひとつの共通点をきっかけに、心を通わせ始める親子を決戦の日まで追いかけたドキュメンタリー。
 
その親子の姿をありのままに伝えることで、「子どもとどのように接すれば良いのかわからない」「親と何を話して良いのかわからない」などと、希薄になってしまった家族関係が浮き彫りになる現代社会に今もう一度「親子とは」を問いかける。 

 
 
 番組の内容
 
高校ラグビーの全国大会「花園」への出場を賭け、毎年三重県代表の座を決勝まで争う「四日市農芸高校ラグビー部」の3年生部員の父親たちが、我が息子たちの応援に飽きたらず、親父ラグビーチーム「闘魂倶楽部」を結成した。
平均年齢45歳、ラグビー経験の全くなかった親父たちはチーム結成と共に掲げた「息子との対戦」という、無謀ともいえる目標に向かって走り出す。


決戦の日となるのは息子たちの卒業式の日。

「親父の威厳を見せたい」「息子の成長を体で感じたい」という思いを胸に、本当に体を張ってラグビーボールを追いかける親父たちは、日に日にラグビーに夢中になり、週に一度の練習に加えて、家でのトレーニングや、仕事の合間を縫ってのトレーニングを重ねて、決戦の日を目指す。

登場するのは3つの家族。


一度はラグビーを辞めたいと弱音を吐いた息子を説得し、ラグビーを続けさせてきた親父、幼い頃息子に親らしいことが出来なかったことを悔やみながら今に至る親父、また、高校卒業後、進学で家から離れる息子と最後の思い出を作りたいと願う親父。

それぞれの家族がそれぞれの思いを胸にラグビーに打ち込み、息子たちもまた、親父達の姿に感化されたかのように、県代表の座を勝ち取り、花園の舞台でも活躍を見せるが、親父と息子はお互いの存在を意識しつつも、その思いを表には現せない。そしてそんな息子と親父の関係が歯がゆくもあり、羨ましくもある母親たちは、温かい目でその関係をそっと見守る。
家族がラグビーを通し、ぎこちなくもしっかりと絆を深めていく、そんな姿を追いかけた。

 
 
 制作者の声

『親父の「ひたむきさ」が番組を動かした』 ディレクター:脇こず恵

最初は三人の親父たちの言葉から始まった。
「なあ、自分達もラグビーチームを作ってみないか?」
1人増え、また1人増え・・・それまで、子どもたちの応援に徹していた親父たちは、実は皆、ふつふつとラグビーへの思いを募らせていたのである。
慣れない楕円形の球に踊らされながら、無我夢中で追いかけ、必至にくらいつく、そして、泥だらけの顔をしかめて心の底から悔しがる親父たちの姿、目の前で見たその姿は「衝撃」だった。

日曜日は骨休みの一日と豪語していた親父も、午後3時からの練習が待ちきれずにグラウンドに向かう。趣味の釣りを辞めた親父もいた。仕事を終え、作業着のままで練習に駆けつける親父、昼休みに営業車を降り、車相手にタックルしていた親父も・・・息子との決戦を心に誓ってからの一年は、心はもうラグビー一色。 どうしてそんなに頑張れるの?と正直、疑問に思うこともしきり。
農芸ラグビーチームを指導する下村大介監督は、自分と同年代の親父たちが、この歳からラグビーを始め、さらに息子たちにその背中を見せようとするたくましさを、うらやましく感じたという。

実際、親父たちの頑張りには驚かされた。週に一度しかない練習で親父たちを悩ませたのが、この冬例年になく降り積もった雪。水はけの悪いグラウンドは使えない。けれども親父たちは休まず練習に顔をそろえた。アスファルトの上での走りこみ、トレーニングルームでの筋トレ。
何かにひたむきになること、それは人の心を変える。決してスマートではないけれど、親父たちの走る姿からは「伝えるもの」があふれていた。
親父たちの熱さとは裏腹に、最初は見向きもしなかった息子たちも、親父たちのひたむきな姿に次第に足を止めるようになり、いつしか練習を「ちら見」するようにもなった。
そして、夕食での会話の中にポツポツとラグビーの話が増え、盛り上がる親父と息子。見守ってきた母親たちは嬉しさ反面、少々の嫉妬心!?も。
 
番組の中で3つの家族を中心に追いかける中、ある1人の親父のからこんな言葉が聞かれた。
「子どもの成長とともに親子が共通の時間を作るだけでも難しいことなのに、同じものを追いかけ、同じものに情熱を注ぐことができることは幸せなこと」。
時間の共有・・・今一番、家族に欠けてしまいがちなものなのかもしれない。
そして迎えた親子決戦――。ノーサイドの笛と同時に交わされた握手は「一生もの」である。
親父たちは、息子と肩を並べて走ったこの試合をきっと忘れないであろう。そして息子たちもこれからの長い人生を歩んでいく中、この試合で見た親父の背中を時に触れて思い出すことだろう。親父と真正面からぶつかりあったあの日・あの瞬間が記憶の中にあり続ける限り、彼らは何があってもまっすぐに、ただひたすらまっすぐに生きていけると、そう思う。
そして親父たちは、今もまっすぐな気持ちでラグビーボールを追いかけている。
番組制作を終え、今一度、親父の背中に「アリガトウ」の気持ちを伝えたい、そんな気持ちでいっぱいである。

  
 


『番組作りは、こうして始まった』 プロデューサー:山田享司(三重テレビ放送 報道制作部 部長)
私は、ここ数年、ストレス解消のためにジムで汗を流しています。
ある日のことでした。「享司さん、久しぶり」と、挨拶をするトレーニング姿の中年男性がいました。
今回の番組の主人公の一人、後藤雅司さんです。後藤さんは、津市郊外でフランス料理店を営み、かつてテレビ番組『料理の鉄人』でも紹介された凄腕のオーナーシェフです。
場違いな所での出会いに、思わず、「後藤さん、こんなところで、何してますの?」と尋ねたのが、この番組の制作に取り掛かる出発点になりました。
「実は、息子が、高校でラグビーしてましてな。そのチームと卒業式の日に試合をするんですよ。で、その、トレーニングのために時間を見つけてここにくることにしたんです」
「高校生と試合ですか。面白そうですね。で、息子さんのチームはどこですか?」
と聞くと、後藤さんからは、「四日市農芸です」という返事が返ってきました。
四日市農芸といえば、今や、三重を代表する花園の常連校で、その強豪チームと親父たちが対戦したらどんなドラマが生まれるのだろうか――と即座に興味が涌いた私は、後藤さんに、「機会を見つけて、取材に行きますので、よろしく」と伝えました。
その時の後藤さんの目は、少年のような、いたずらっぽい、それでいて、輝いていたとのが、実に印象的でした。
高校ラグビー選手の一番の目標は『花園』であることは、間違いありませんが、それ以外のところで、卒業式という大きな門出に、もう一つの舞台があり、その過程に、どのようなストーリーが生まれるのであろうか―― 
好奇心が膨らむ中で、女性ディレクターの脇に、取材の話を持ちかけました。

脇は、決して洗練されたセンスの持ち主ではありませんが、大変粘り強い性格で、誠意を持って人と接することができるタイプです。
番組作りのきっかけを作ったのは私でしたが、私の想像以上に彼女は、持ち前の粘りと信頼関係を番組制作の過程で築き上げました。
そして、今回の番組作りを大きく後押ししてくれたのが、現場のトップである報道制作局長の築地でした。
築地は、ボードメンバーの立場にありながら、海のものとも山のものとも見当のつかない、しかも、採算が期待できない小さなチャレンジを、全面的に肯定する立場で指示してきました。
もちろん、上司の言葉に「面倒」「迷惑」「勘弁してよ」と思ったことも多々ありましたが、年甲斐もなく、とにかく、この親父も熱心でした。

こうした中で、四日市農芸のラグビー部は見事、花園の切符を勝ち取り、花園の舞台でも全国の強豪・国学院久我山に善戦するというドラマを作り、さらには、ファイナルの『親子対決』で、親父たちが、息子相手に奇跡のトライを上げるなど、番組展開上も大きな運に恵まれて番組が完成しました。

私は、ディレクターの脇に番組制作の中で、一つだけ注文をしました。
それは、番組の映像露出について、ラグビーの試合の映像は極力少なくしてほしい。それよりも、試合以外の父の姿・息子の姿をメインにしてほしいということした。
制作過程の中で、どうなることやらと、少し不安を覚えたこともありましたが、脇は、表面だけの取材に終わらず、取材対象者の胸の中に飛び込み、労を惜しまない努力によって相手の信頼を得、番組で十分表現することができました。
彼女の、頑張りの証が、今回の審査会の結果につながったことを、私は心から嬉しく思います。
ぜひ、一人でも多くの方に、この番組を見ていただきたく思います。
 
 

『粘りの取材奏功 編集は最後まで“格闘”』 制作統括:築地政彦(三重テレビ放送 報道制作局 局長)

「そのこと」を初めて知ったのは、中日新聞から転出して半年が経った昨年12月中旬だった。三重テレビのホームページ『記者の窓』で「頑張る、親父たち」と題する脇さんのブログに目が止まったからだ。
そこには、親父たちが息子と同じラクビーに必死に取り組んでいること、息子の卒業式に対戦するのが目標であることが書かれ、こんな内容が続いていた。
「『親父、案外似合っているじゃん』そんな言葉が交わされたかはわからないが、家の中で会話が増えたことは確実」
親子、とりわけ父親と息子の関係は、母親と息子より希薄といわれ、前年6月には、お隣の奈良県で父親に憎しみを抱いた男子高校生が父親の身代わりに母親と弟妹を殺すという痛ましい事件まで起きていた。そんな中で、この親子は何とさわやかか――。父と息子双方から、しっかり取材して、まだ「確実」と推測している部分を「真実」として埋めれば理想的な親子関係を描いた番組ができるのではないか、と直感した。
  
脇さんを早速呼び、「素晴らしい素材だよ。3月1日をゴールにして取材を続けてほしい。番組ができたら20年の民放連盟賞に出品しよう」と話し、次のように指示した。
一つは、親父チームのうち、3年生の父親と息子全員にまずあたり、この中から核になる親子を3組程度に絞り込む。決まったら家に出かけ、その親子の関係はどうなっていったかなどを継続的に追いかける。
二つ目は、取材したもののうち7割を捨て、残り3割部分を徹底的に掘り下げる。
30年余の新聞記者経験はあるものの、番組作りは全くの素人。しかし、新聞にも企画ものがあり、ここでは、いろいろな取材を多角的に行い、一つのテーマを浮き彫りにする。この手法は、番組作りと変わらない、と考えたわけだ。
また、編集過程では、@時系列的に流れを追わず、「起」「承」「転」「結」を明確にし、メリハリをつけるAラグビーの試合、練習など似通った画面の重複を避ける――ことも指示した。 
  
脇さんは、頑張り屋で、粘り強い人だった。番組の核になった3家族をいつのまにか見つけ出し、父親と息子、そして母親の心の底まで見事に迫ってくれた。本人は口にしないが、3月1日までに3家族を何日も何日も家で、職場で取材したことだろう。
しかし、予想していた通り、最後の編集・構成は、難渋した。
脇さんは台本を書き上げたあと、百本を越える取材テープの中から必要な映像、関連する言葉を拾っていた。作業は何日も徹夜が続いたと聞いている。
この作業と並行して、台本を何度も何度も手直しした。
取材者は、取材したものへの思い入れが強い。「あれも入れたい、これも大事」となるが、それをすべて取り込むと、番組の時間の制約だけでなく、冗長・冗漫にもなる。思い切って切る大胆さも必要だ。また、1時間近い番組を視聴者に飽きさせずに見てもらう工夫もしなければならない。「起承転結」を強調したのは、このためだ。
脇さんは、この点で頑固だった。記者のキャリアと取材者の意地の“格闘”になった。脇さんが折り合ってくれた部分もあるが、折り合えないところは、脇さんが持ち前の文章力で補完。文章は、何度も書き直された。そして、この“格闘”は、ナレーションを入れる最後の最後の“音入れ”まで続くことになる。
 
「親父もラガーマン」は、こうして生まれた。今回の栄誉は、親父たちがラクビーに「ひたむき」になったように、脇さんをはじめ私たち制作者も、これを伝えるために「ひたむき」に取り組んだことへの、ご褒美だ、と思っている。

最後に、「親父もラガーマン」は、ラクビーを通じて深まっていく「親子の絆」を描いているが、この番組にはキーワードである「絆」という言葉は一回も登場しない。脇さんが、これだけは譲らなかったためで、結末のナレーションは「ラグビーが親子の心を一つにしました」と結ばれている。
 


『親子のいい思い出と記念に』 親父チームメンバー:後藤雅司さん(レストラン・シェフ)

今の時代、昔に比べ親子関係がぎくしゃくしている家庭が多いと感じています。実際のところ、我が家も息子が高校に入るまではそうでした。
子育ては女房に任せっぱなしで、朝も夜も子供たちとはすれ違いばかりで、一週間も顔を見ないことも珍しくありませんでした。息子はというと「お父さんと話をすると緊張する」とか「気を遣う」とか女房に言っていたらしく、完全に避けられていたように思います。

息子が中学3年生の時、四日市農芸高校へ講演に行かせていただき、その時に下村先生(ラグビー部監督)とお会いすることが出来ました。
このような熱い先生のもとで、何かに打ち込むことができれば素晴らしい高校生活を送れるのではないのかと思い、息子にラグビーをしないかと勧めてみました。

当時、息子は身長180センチありながら、体重は57キロという体型で本人としては細いのが、かなりコンプレックスだったようです。下村先生いわく「ラグビーやれば10キロぐらいすぐに増えますよ」という言葉を息子に伝え、数日後、ラグビーの練習風景を見学しに行き、四日市農芸高校に進学することとなりました。
下村先生の言葉通り、体重は1年で10キロずつ増え、卒業するころには90キロ近くになり、身長も188センチになったのにはびっくりしました。
「ラグビーは、少年を最も早く大人の男に育て上げ、そしていつまでも少年の心を失わせないスポーツだ」という言葉がありますが、息子にとって、この3年間は体型だけではなく、ラグビーを通して精神面でも成長できたのではないかと思います。

そして、私にとっても本当によかったのが、昨年の春、結成された「闘魂倶楽部」のメンバーに加われたことです。この親父たちがまた熱い人たちばかりで、3月1日の卒業式の後、息子たちとラグビー対決するというではありませんか。
こんなことは滅多にないと思い、是非とも取材をお願いした次第です。そしてこのような素晴らしい番組を作っていただき、親子共々いい思い出と記念になりましたことを誠に感謝しています。

最後に親の一つの役目として、子供たちをいい大人のいる環境へと送り出してやることが大切ではないのかと感じています。
番組を通して、本当の意味での「親と子の絆」とは何なのかを感じていただければ、嬉しく思います。