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終わらぬ悲劇 :2006年01月28日 

公開よりもひと足早く、スピルバーグ監督の最新作「ミュンヘン」を観ました。
うーん、非常に重い、重すぎるテーマであり、決して心地のよい作品ではありません。戸惑いすら感じます。「どんな映画だった?」と質問されても、うまく答えられません。でも、観たあとに、誰かに伝えたくなるような作品でもあります。
1972年9月5日、開催中だったミュンヘンオリンピックで、パレスチナゲリラ「ブラックセプテンバー 黒い9月」が、イスラエル選手団を襲撃した事件。私の生まれる前の出来事ではありますが、歴史的事実としては知っていました。映画では、ミュンヘンでのゲリラ事件後、ゲリラ犯たちを次々と暗殺することを国家から命じられたイスラエル特殊部隊の報復と苦悩の日々を主眼において描かれています。
印象的なのは、国家から暗殺を命じられたメンバーたちが、何かにとりつかれたかのように、食事をするシーンが多いことと、人を殺すということに無感覚になっていく一方、生への執着をみせる場面です。
ゲリラ犯を次々と殺しても、次のゲリラ犯が生まれる。スピルバーグは、観客である私たちに、何かしらの結論を投げ掛けるわけではなく、終わらぬ悲劇という現実を突きつけます。
そして、イスラエルとパレスチナの問題は、今、大きな局面を迎えています。
イスラエルのシャロン首相の容態は依然として深刻であり、さらに、パレスチナでは、イスラエルの存在を否定する過激派「ハマス」が、議席を過半数獲得し、和平への道に暗雲がたちこめてきています。
この「ミュンヘン」の公開が、ある意味でタイムリーとなってしまうことに、複雑な思いを感じます。ただ、今おかれているイスラエル・パレスチナ問題に目を向けるきっかけになることはまちがいありません。

映画「SAYURI」と横山智佐子さん :2006年01月19日 

みなさんは、映画「SAYURI」をご覧になりましたか?アジアからスターが集結してつくられた芸者の世界を描いた作品で、チャン・ツィイーにコン・リー、そして、日本からは、渡辺謙、役所広司、桃井かおり、工藤夕貴が出演しています。豪華キャストですよね。
日本での、この作品の評価は、賛否両論あるようですが、私は、『シカゴ』を手がけたロブ・マーシャル監督が、美意識というものを大切にしてつくったんだなあと感じました。だから、アメリカから見た日本の世界であり、日本人が監督であれば、時代考証ばかりが気になって、「創り上げた美しさ」には到達できなかったかもしれないと思いました。
さてさて、日本人俳優のハリウッドデビューで話題となった本作ですが、この作品のスタッフとして、なんと、三重県・津市出身の女性、横山智佐子さんが編集に携わっているということをご存じの方は少ないかもしれません。
(エンドロールに、CHISAKO YOKOYAMAとお名前が出ています)
短大卒業後、しばらく日本で働いたあと、単身、アメリカのロスに渡り、これまでに、リドリー・スコット監督の作品などの編集に携わってきた、まさにカッコいい女性なんです。去年の三重映画フェスティバルの際、取材をさせて頂いたのですが、なんと、今回、ふるさとに一時帰国された折、お食事をご一緒させて頂きました!
映画「SAYURI」の裏話としては、アメリカ人たちが「このシーンが美しいんだ」と思っているシーンは、日本人である横山さんにとっては、???だったことや、エンドロールに誰の名前を載せるかが、いちばんもめるとか、編集は、12月までぎりぎりやっていたが、結局、早くに完成していたもともとの編集バージョンに落ち着いたことなどを聞かせてくださいました。あと、日本映画への思いも話していらっしゃいました。韓国映画は、国家プロジェクト的にいち早くハリウッド映画の手法を採り入れ、成功を収めているが、日本映画は旧態依然としていて、才能のある人の芽をつんでしまう傾向があるのではということでした。
私は、「日本映画もアメリカナイズされないといけないということなんでしょうか?」と質問したんですが、「決して、そういことだけではなく、もっと、日本というものを深く描き、丁寧に作品を創り上げることが、世界に通用する日本映画になるのだと思う」とのことでした。時間や手間をかけて、いかに日本の文化を愛し、深く描くこと。そんなことを海の向こうにいるハリウッドで映画づくりに携わる横山さんは感じているようです。そんな横山さん、今、ハリウッドに日本語でも学べる映画学校をつくろうとされています。とくに三重、愛知から、映画学校について問い合わせのメールが多く届いているそうです。
ホームページのアドレスは、http://www.laismp.com/school.htmlです。
関心のある方は、ぜひアクセスしてみてください。

映画人を育てたいと次の夢に向かってひた走る横山さんは、いきいきとしていて、素敵な女性ですよ。三重にいる私たちも、今後のご活躍を期待しながらぜひ応援しましょう!!

戦艦「大和」生存者の思い :2006年01月06日 

第2次世界大戦中、日本海軍が建造し、世界最大の浮沈戦艦と謳われた「大和」。
この戦艦大和について描いた映画「男たちの大和」が公開されています。
先日、映画番組の関係者から、「戦艦大和に乗艦していた生存者が三重県にもいる」と聞き、なんとか、ご本人から話をききたいと思い立って、お二人の方を取材させていただきました。

名張市の北川茂さん(81)。伝令兵として、大和に乗艦。大和の重油が染み付いた千人針を、今でも残していらっしゃいます。
沈没した大和の火薬庫が爆発したことで、北川さんは、海面へと奇跡的に押し上げられました。重油まみれの海で、3時間もの間、「夕焼け小焼け」などの童謡を歌い続けることで、意識を保ち、救援を待ち続けたと言います。
戦後、大和に乗艦していたことを、多くの人に語らなかったそうですが、北川さんは、「今は、亡くなった戦友のためにも、伝えることが使命であると思っている」と話してくださいました。

もう一人、いなべ市に住む渡辺正信さん(83)。
機銃兵として、大和の最後部に乗艦していました。大和とともに沈んでいく戦友たちが、「万歳万歳」と言って海底へと消えていったこと。自分も、早く死のうと思って、海水を飲める限り、飲んだこと。さらに、海面に浮かんでいる間、戦闘機に乗るアメリカ兵が、半分笑いながら、仲間たちを撃っていったことが脳裏から消えないことなど、静かに話してくださいました。
今でも、広島県呉市にある慰霊碑や、仲間たちの墓に出かけて手を合わせている渡辺さんは、「60年経った今でも、悲しみは癒えません」と締めくくりました。

壮絶な話の数々に、私は、ただただ唖然とし、言葉を失っていました。
映画「男たちの大和」では、そんな様々な思いを抱え、いまだに苦しんでいる生存者を、仲代達矢さんが好演しています。
特攻に向かった戦艦大和の乗組員は、約3000人。うち、当時の生存者は270人。今では、全国で20人をきっています。
「伝えることが私たちの使命」と語る戦争体験者の方々の言葉を、しっかりと受け止め、伝えていかなければならないと、映画を観て、また取材をとおして強く感じました。